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正徳の滝 改め

この画像みて何処なのかが分かる人は、かなりの西表通です。
しかし、一度でも訪れた人はけっして忘れ得ない場所となるでしょう。
そうなのです。マヤグスクの滝の上の、水の流れ込み口です。
この滝がマヤグスクと名付けられたのは当然の成り行きでした。
一目見て、すごい なっと思った。
階段状の部分から水が流れ落ち、そこを登っていける。
しかも、段々の上がテラスになっている。

とっても魅力ある滝です。

30年くらい前になりますが、正徳の滝と呼ばれていたこの滝の写真を撮ってきたのは
きっと私が始めてでしょう。maya.jpg
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門松は

玄関の門松の飾りつけは、おじいの係りでした。

一斗缶に砂をつめて、缶の周りを割り竹で化粧して

斜めに切った竹と松とほかに花なんかをいれて・・・

梅は無かったように思います。

おじいは山刀で竹を斜めに切るのですが、すぱっとまっすぐで

その技術にはほれぼれしました。見よう見まねでやってみると切り口

ががたがたになってしまいます。

 


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クリスマスの頃

12月になると、土方部屋のメンバーで

クリスマスの飾り付けをしたものでした。

ツリーとなる木は船浦まで行って

背丈くらいの「モクマオウ」の木を切ってきました。

飾りのグッズはおばあが用意してくれました。

飾り玉・サンタ・星など等に綿の雪・・・

雪の降ることのない南の島でもツリーに雪はつきものですね。

ケーキを食べるでもなく、やっぱりみんなで「島酒」で盛り上がってました。


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時は流れながれて

 我が青春よ 


初めて西表を訪ねたのは、たしか昭和50年の3月だったと思う

当時は、島の西部と東部が分断されていて道路は無かった

島の道路は、全て土の道で舗装もされていなかった

雨が降ると道路はぬかるみ、坂道は車がスリップ

やっとの思いで、坂道を登っていった

道路は右側通行で、ハンドルは左側が多かった

西部の玄関口、船浦に車がやっと通れるくらいの

小さな桟橋があった

桟橋は小さかったが、出迎え・見送りは盛大であった

電話機にダイヤルは無く、ハンドルをぐりぐりと回し

交換手に相手先の番号を告げる呼び出し式だった

TVも白黒で、本土とは同時放送でなかった

紅白歌合戦を元旦のお昼に見たりしていた

観光客の送迎は、マイクロバスもあるにはあったが

トラックの荷台に、人も荷物も一体というのが主流だった

そんな訳でも無いけれど、船浦へ行くのも、星砂・浦内までも

よく歩いて通ったものだった

土産物屋も無かったので、旅の土産は自分で手作りしたものだった

一番の人気は貝細工で、自然石に貝殻をこすって、

ペンダント指輪を作ったものだった

海の水はさえぎるものも無くどこまでも澄んでいた

まるでコップの水のように、リーフの外の海の底が見えた

春だというのに、夏の陽射しが照り付けて

空は碧く青かった

 

あれから30年が過ぎたとは信じられない気がするが

鏡に映る我が姿を見るとき

時の流れの現実に ため息???!!!


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ムーンビーチ


ムーンビーチ夕景
 大アトク、小アトク島の間に沈む夕陽は

すばらしい!

 

土台の要はやっぱり、しょうとくさん


浜降り(はまうり)


写真提供 南雀 鳩離島にて

旧暦3月3日は、桃の節句で沖縄八重山では
潮の引いた浜に出て、貝やら蛸やら魚やらを
獲ります
チョウセンサザエを金盥に一杯になるくらい採ったこともありました
カンピラ荘の面々は
歩いて鳩離島へ渡りました

懐かしい人たちがいますが
極めつけは前列左の
DIVING CLUB PANICのTシャツでは
ないでしょうか

台湾土産だとかいって籐椅子を担いで
バスから降りてきた人もいますね


しょうとくの浜


写真提供 南寂

しょうとくの浜は、岸からリーフの落ち込みまでが
 近くてみんなでよく行きました
この写真には我掲示板のメンバーが
 勢揃いしている
  
この後夫婦となった人もいる

ドカチンと呼ばれていた人物も

しょうとくの浜の入り口にある小さな川

そこに架かる橋をマグジョ橋という

云われは知らない


鹿川 東のキャンプ場


写真提供 南寂

鹿川リゾートでの夕餉のひととき
 料理人はやっぱりクマさん?

鹿川の浜の東に小さな滝があります
 水場でもあり、木陰にもなっている
  大雨が降ると水量がすごく
   食器類を流されてしまったこともある


マリュドの伝説

誰もが一度は訪れるマリュドの滝

昔々、南の島のある村に
 美しい娘がいた
  娘は年頃になり
   隣村の青年に恋をした

隣村とは
 いつも諍いが絶えず
  二人を祝福するものは 
   いなかった

村の者たちは
 娘を
  ほかの村へ
   嫁にやってしまおうとした

思い悩んだ
 娘は
  夜にこっそり抜け出して
   青年に会いに行った

しかし
 村の者たちを
  説得するすべもなく

二人は
 島のむこうの村へ
  行ってみようと思った

大きな川の岸辺を通り
 山を越えれば
  誰も知らない
   村があると

ふたりはこっそりと
 村を抜け出し
  川に沿って
   どんどんと歩いた

やがて大きな滝があった
 もうここまで来れば
  村人も捜すことは叶うまいと
   ふたりは一休みすることにした

ふとしたはずみで
 足を滑らせた 
  娘は
   滝の淵へ落ちてしまった

青年は
 必死の思いで飛び込んだが
  淵は碧く深く
   娘を見つけ出すことはできなかった

青年は後を追うつもりで
 淵へ身を投げた
  が
   数日の後
河口の浜辺
とどまり浜に流れ着いた

娘の名前はマリュドといった
 いつか誰が言うでもなく
  滝は
 マリュドの滝と呼ばれるようになった

  


WANTED

は な む け

ピンクレディーのウォンテッドという
 唄が流行ったのは
  もう何年になるでしょうか

この人物 元 カンピラ荘土方部屋の住人
 
 京都出身の 花向 豊 と申します

顔もデカイが態度もデカイ
 気は優しくて力持ち
弱みを見せたら付け上がる

失恋の痛手か某国の誘拐か??・・・
 突然に姿を 晦ましました

見かけられた方は
 ご一報 願います 


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